林さんは、大学院まで建築を学ばれてから就職活動をなさっていますね。
そうですね、ただ、活動といっても設計事務所1社とコンサルティング会社3社だけでしたが。
当時、就職活動における自分の軸はありましたか。
東京の都市空間を色気あるものにすることがテーマだとか言っていましたね。でも、そのために自分が何をできるかっていうことが分からなかった。だから、とりあえずビジネスの世界に行ってみます、という話を企業に正直に話しました。
ずっと建築を勉強していて、その後ビジネスの世界に進まれた林さんですが、方向を変えたきっかけはありましたか。
単純に建築(設計)に対する挫折はありましたね。
つまり自分の才能に対する疑問もあったし、自分の設計への気持ちの中途半端さにも気づきました。ただし、建築家になることはやめても、建築することはやめたくないから、ちょっと違うアプローチで建築をやろうと。映画でいうと、俳優の才能もないし、監督でもなさそうだけど、プロデューサーとしていい映画を作れるのではないか、と思ったわけです。
そのアプローチの仕方がビジネスと結び付いたのですね。ビジネスをやりたい、という意思を持って就職されたんですか。
当時は、僕も建築の本ばかり読んでいたから、世の中の勉強をしようと本屋に行って、たまたま手にとった本が大前研一さんの本だったんですね。それを旅行中に読んでいたら、なんか結構面白くて、世の中建築だけじゃないなと。そのとき、初めて専門性以外のところでワクワク感を得たっていうのはありましたよね。あとは、何の仕事をやるか迷っていたから、最終的に自分の仕事をデザインできるようになりたい、っていうのはあったかな。
自分の仕事をデザイン、ですか。
つまり、自分の仕事を選ぶのではなくて、自分に合った仕事を組み立てるほうがいいだろう、と漠然と考えていて。
それで、この世の中で、やりたいことを食いぶちとして成立させる方法論みたいなものを学びたかったんです。コンサルティングの仕事を通じて色々な会社や事業を見たり戦略を考えることで、それを学べるのではないかと考えました。
結果的に、コンサルティング会社を選択したことで、何が身に付いたと思いますか。
ビジネスを作るということに関する基本的な考え方は身に付いたように思います。あとは人脈や、視野の広がりを得たのは大きかった。
最初は体育会でひたすら走らされていたような感じでしたけどね
楽しく、では無く、基礎体力をつけるという感じですね。
もちろん好奇心が満たされる部分も色々あったけれど、この期間は自分にとってライフワークになるテーマをやっていたわけじゃなくて、"基礎トレーニング"の3年半だった。
ストレスも強いし、つらかったけど、自分のためにはなっていると思っていて、まずはとにかく頑張ろう、みたいな。
やりたいことを再認識したホテル(前回のインタビュー参照)と出会ったのはいつですか。
入社1年目の冬ですね。そこでやりたいのはやっぱりこっちのほうだな、っていうのを再認識しました。それで、一区切りついたら辞めようと思ったんです。
マッキンゼーを辞めてから、留学されて、その後ディベロッパーのスペースデザインに入社されています。マッキンゼーでの仕事は基礎トレーニングだったということですが、こちらはどうでしたか。
"楽しい"っていうのとミックスですかね。そのときは、自分がやりたいと思っていた分野、好きな分野にまず入ろうと思った。ただ、いきなり独立して自分がやりたいことを始めるっていうほど僕は勇気がなかったので、まずはディベロッパーの業界で知り合いを作ったり、その業界の奥を理解するようなフェーズを作ろうと思っていました。だから、"楽しい"、"やりたいこと"っていうのが半分で、もう半分はまだ勉強でしたね。
徐々に好きな仕事へ転換してきているんですね。スペースデザインを辞めて会社を立ち上げようと思ったのはなぜですか。
もともと3年くらい会社にいようと決めていたというのもありますけど、周りで仲間たちが会社を辞めて楽しそうなことを始めていて。
それ見て僕も早くやりたいなあと思ったり、会社が段々退屈になってきたりして、そろそろいいかなと。
周りの仲間が始めたことに関心が高まったのですね。
それはありましたね。それが今やっていることに割と近いことなのですが。当時は資金調達の仕事をメインでやっていたので、モノをつくる仕事をやりたいという気持ちが強くなっていました。
なるほど、それでSPEACという会社を作ったのですね。林さんは現在、プロデューサーという立場で働かれているわけですが、具体的にどのようなことをなさっていますか。
プロデューサーという言葉自体は何でも屋みたいな感じなのであえて定義はしていないんですが、具体的に言うと、東京R不動産という個性的な物件の紹介サイトと仲介のマネジメントと、建築の開発・再生プロジェクトの企画と推進。僕は専門職ではないので、それら全体の統括役ですね。
東京R不動産というサイトは、林さんが参加する前から存在していたと聞きましたが、会社で取り組むことにしたのはなぜですか。
最初はメンバーも数人で、事業というよりは、改装したら面白くなりそうなボロビルを紹介するサイトだった。半年ぐらい経って、メール会員とかが集まってきて、これは面白くなりそうだ、と。その時期にちょうど僕は前の会社を辞めていて、東京R不動産のメンバーに誘われたので、自分の会社で建築プロジェクトの企画をする上でも人を集める場所が欲しかったから、じゃあやろうということになりました。
そのときは小さなプロジェクトだったから、東京R不動産を事業としてちゃんとやろうという話になり、僕の会社でマネジメントをすることになったんです。僕はどっちかというと事業の仕組みとか、組織の作り方とかが得意だったから、そこを担当して。
現在の仕事は"楽しい"という部分が以前の仕事よりも大きくなりましたか。
もちろん、自分たちがチームとしてこんなことやったら"楽し"そうで、ワクワクするということは常に前提であり目的です。
ただし仕事としてやる以上はきちんと「勝つ」ことが必要ですから、それなりに戦略的な動きや考え方も意識しています。
前回のインタビューから2年が経ちました。前回お話を伺ったときには、「世の中にインパクト(影響)を与える」ことを強調されていましたが、この2年間でそれを成し遂げられましたか。
東京R不動産などの活動や、SPEACとしての設計や企画の仕事を通して新たな価値観を投げかけられたとは思っています。そこには一定の充足感はありますね。まだまだこれからですが。
そういった思いがあるなかで、仕事に対する考え方に変化はありましたか。
例えば今僕は新しい建物をたくさん建てるということに重要な意義を感じないし、おしゃれな建物を増やすような感覚も少し古いと思っているんです。そういう意味で、サステナビリティのほうが自分のテーマとして興味がわいていますね。
先ほど出てきた物件サイトのマネジメントと建築の開発・再生プロジェクトの仕事以外にも、新たに新島プロジェクトという仕事をされていますよね。
はい。そういった意味では僕は去年から民宿のおやじになったという変化はありますね(笑)。
プロジェクトはもう完了して、宿の運営が始まっているのですか。
やっています。ただ僕は宿をつくったあとはオーナーの立場なので、現場に立っているわけではないんです。
それは、古い建物を借りて、仲間と一緒にそこを宿とカフェにしたという"ほっこり"したプロジェクトです。大きな事業というわけではないですが、自分の人生でこのような仕事ができたことは幸せなことだと思っています。楽しかったので"ほっこり"仕事をするという部分は満たされて、しばらくはガッツリ仕事をやろうという気持ちになりましたね。
このプロジェクトはどちらかと言うとプライベートな部分が大きいということですか。
この仕事を始めようとするモチベーションは、プライベートから出てきました。会社の方針で決めたというよりは、僕自身が面白そうだと思って始めたんです。ただ、会社の名義でやっているから会社の仕事でもあるので、プライベートな部分は半分ですね。
仕事をする上で、目標にしている人や目標にしていることは何かありますか。
僕は仕事の目標をあまりクリアに設定しないんです。先にあるイメージは常に描くけれど、明確に言語化や数値化をしないことが多いです。そこが自分の弱いところなのかもしれませんが。目標というよりは目的に近い「テーマ」を明確にする。人という意味では、建築のプロデューサーや事業家で、憧れる人はいますよ。だけど、そうした人たちを真似るのではなくて、自分の場合はどう仕事をしようかということをイメージする上での参照という感じ。
前回のインタビューでは長期的な目標として、45歳くらいになったら、プロジェクトと放浪を繰り返すような生活を送りたいと仰っていましたが、今はどうですか。
イメージ目標として、今も変わっていないですよ。やっぱり2週間に一回はそのことを考えています。
その目標に向かってどのようなことをされていますか。
んー、そのために何かをしているというよりは、それを意識することで、自然と仕事もその方向に進むようになりますね。それを実現するためには、自分が放浪中も動き続ける仕事を作る必要があると思うんです。
チームのなかに、林さん以外のリーダーがいればいいんですね。
そうです、そうです。今、それぞれの事業にリーダーシップを持った人間がいるから、そのうちリーダーを決めようと思っています。例えば、新島の宿は、僕がいなくても回るので、こういった状況をそれぞれの仕事で作りたいですね。
なるほど、林さん個人の目標は分かりました。では、林さんの会社として行き着きたいところはどこですか。
僕は、会社を大規模にすることは意識していないです。会社の成長というのは、僕は規模ではなくて、影響力・インパクトだと思っているんです。
だから、世の中に対する影響力は、会社として進化し続けたいです。組織の人数が少なくても、強い影響力を持つ場合はあると思うんです。ノーベル賞学者とか、偉大な作家とか、偉大な画家とか、個人でも影響力あるでしょう。
近い将来では、どのようなことをしたいと考えていますか。
大きい枠で言うと、日本のリフォーム業界の構造を変えていくというのが一つの新たなテーマとして出てきていて、「楽しい不動産屋」に続いて「楽しい工務店」のようなものを新しい概念でつくろうかと。あと、リユース・リサイクル素材を使ったプロダクトレーベルを作ろうと、今仲間と話し合っています。